コタピーの、スタッフになったワケ 
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皆さんはこれで人生変わったなぁ、っていう出来事はありますか?
僕が今、ここメインストリームでスタッフをしている理由、
今思えば、あの高校3年生での悪夢?のような出会い、
それが人生の転機であり、メインストリームでスタッフをしている理由でしょう…

そう、当時部活も大学受験も終え、時間をもてあました暇な18歳でした。
そんな時、時々麻雀をしていた友人(中国人)から「無料で全自動卓で麻雀出来るで。」
という誘いがありました。

そんな誘いに怪しむことなくホイホイついて行って、
到着した場所、それが、かの有名な「雀荘モジモジ」でした。
そしてそこにいたのは具志堅似の車イスに乗ったおっさんでした。

そのおっさんはどうやら事故で「ケイソン」というものになったということでした。
何度か、その雀荘モジモジに通ううち、また新しい障害者が登場しました。「ハチマキおやじ」です。

この雀荘モジモジの主人「モジオ」と「ハチマキおやじ」はめっちゃ面白く、
そして底抜けにアホで、そして年の離れた僕と普通の友人として遊んでもらいました。

どうやらこの人たちはメインストリーム協会というところで働いているようでした。
そのうち、誘われるがままメインストリームのイベントに参加するようになっていました。
そこは、CPあり、脊損あり、骨形あり、まさしく身体障害者のオンパレードでした。
メインストリームの人々は、どの人も面白く、イベントに参加することは僕の楽しみになりました。

そうして1年が過ぎ、起こったのが阪神大震災でした。

マッチ箱のような僕の家はきれいに斜めに傾き、バイトしていた焼肉屋はみごとにつぶれました。
僕は家とバイト先を同時に失しない、アテンダントを始めることになりました。
そうして今まで以上にメインストリーム協会の人達と接する機会が増え、さらに仲良くなりました。

しかし、就職活動を始めた時、メインストリームで働くことはほとんど考えませんでした。
メインストリームの人達は友人であり、メインの活動も漠然としか理解しておらず、

僕は普通にサラリーマンになり、普通の人生を送るんだ、と思っていました。

そして、某輸入食品商社に就職した僕の7年間はこのようなものでした。

福岡に転勤(左遷?)された時に福岡一の繁華街、中洲にて…
くたびれたスーツ姿の私と、メインストリームの人達が障害者ボウリング全国大会が福岡であるため集結していました。
 「明日仕事あるから帰りますわ。」
 楽しそうなメインスタッフを尻目にとぼとぼと5.1畳のワンルームマンションに帰ってゆく私…

大阪本社に戻ってきて、すでに介助スタッフだった友人・啓二邸にて…
 啓二 : コタ(僕)、足臭いでぇ。
 僕  : うーん、一日中革靴はいてたからなぁ。といいつつ、会社の愚痴をこぼしながら酒を飲む私…

啓二邸と同じマンションにある雀荘モジモジにて…
 僕   : 残業で今帰ってきたわ。
 モジオ : もう12時まわってるで。そして、生気のない顔で麻雀卓を囲む私…

こうして、某食品輸入会社を離職した僕は、メインストリームの介助スタッフとして働くことになりました。

基本的に僕は保守的な人間だと思うんですけど、
こんな僕がメインストリームと出会って結果として、
今こうしてメインストリームで働いてることって、すごく不思議で、すごく面白いと思っています。

障害者を取り巻く社会環境が前と比べてどれだけ変わってきているか、
ただ社会環境が変わっても全然変わっていない部分が多いことは、
7年間全く違う仕事をしていたからこそわかる部分があると思います。
そういうことを実感として伝えていくことが出来れば、と思っています。

こんな自分が変わったように今の社会も変えていきたい、
そして社会を変えるためにメインストリームの人達と一緒に活動していきたい、
と思ったことが今ここにいる理由の一つですね!

でも、まぁぶっちゃけ言えば、やっぱり働くなら自分に向いていて、
そして楽しく仕事したいからですかね。

メインストリームのやってることって、運動もそれ以外も結構面白いっすよ!