ブーの、スタッフになったワケ 
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知人:「障害者が活動してる所があるよ!」
僕:「ほんま〜」
知人「一回見に行く?」
僕 「ええよ〜」

 まっ、そんな軽い感じでメインストリームに行く事になりました。

メインストリーム協会で、最初にありがたいお話してをして下さったのは下地先生でした。

その話、僕は、正直あまり興味は無く、
知人に誘われたからって感じだったので面接の時のことは余り覚えてません。
今思えば大変申し訳なかったと思います。

 こんな感じでアテンダントを何となく始めてました。
アテンダントといっても週に1回、風呂介助の1.5時間ぐらいで、
メインストリームのやってることにも、
アテンダントにも本当に関心がありませんでした。

「ある程度やって辞めるやろうな〜」と思ってました。

 しかし、たまたま下地先生のアテンダントに入ることになりました。
これが僕を大きく変わるきっかけとなりました。

下地先生は、今までに出会った障害者にはいないタイプで沢山話をしました。
遊びや女の子の話、それにメインストリームの話をしてくれたりしてるうちに、
普通に仲良くなり下地先生と遊ぶようになりました。

何が変わったって、障害者のイメージが変わりました。
障害者でも考える事一緒やん!
面白いこと一緒やん!

「ただ、歩かれへんだけ!」
「ちょっと、腕曲がってるだけ!」
「ハチマキ巻いてるだけ」「よたよた歩くだけ!」

それだけで、そんなに変わらんよって思いだして障害者へのイメージは大きく変わりましたね。

それで面白くなってきてアテンダントにも沢山入り、沢山の障害者と話して遊んで、沢山関わったら、
メインストリームのこともわかってきて、ますます好きになって興味を持ちました。

下地先生とは、ホントに長い時間一緒にいて、
今では、下地先生「こむぎちゃ〜ん」 真名野 「もじおちゃ〜ん」って呼ぶ仲になりました。
ほんで、メインストリームに友達もたくさん出来て、
楽しくやってるときに「介助スタッフ」やれへんと声をかけてもらいました。

最初は、障害者全体の事を考えるなんて思ってなくて、
メインストリームで出来た障害者の友達が生活しにくいのが嫌で、
友達がそれを運動して変えようと思って活動してるから、
それやったら僕も一緒にやりたいと思い、やらせてもらう事にしました。

でも一番はメインストリームが面白いからやね!

なかなか面白くないと僕、なんでも長続きしない性格なんですが、これは「やれる!」って思いました。

今では、考え方も障害者問題全体として考えれるようになりましたが、
最初の友達感覚スタートは今でも残ってるし、大事にしています。