だいちゃんの、スタッフになったワケ 
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約9年前、僕は神戸の中心の三宮に近い二宮町で一人暮らししていました。
とはいっても、頚椎損傷である僕は、ヘルパー制度も知らず、
マンションのオーナーや同郷の幼馴染の協力で成り立ってましたが・・・。

兵庫県たつの市という田舎から出てきた僕には、神戸はとてつもなく都会でした。
コンビニは100メートル四方に4件くらいあるわ、
欲しい物や食べたい物などたいていの物は金さえあれば、数時間で手に入る。
生活する上でとても便利で魅力的な町でした。

当時専門学校を卒業した僕は、少し焦りだしていました。
この生活が終わってしまうのではないか、また田舎に舞い戻らなければならないのか…
なんとかこの地に踏みとどまろうと就職活動に励んでいました。
とはいっても、障害者の就職できるとこなどほとんどなく、ハローワークに行っても、
やりたい仕事などなく、どうしたものかと少々途方にくれていました。

そんな時、幼馴染の姉ちゃんが
「あんたに会わしたい人がおるねん。
下地さんいうねんけど、いっぺんおうてみーひん?」と話があった。

僕は、ちょっとめんどくさかったけど暇やし、
せっかく言うてくれてるから行ってみようかと思い、
予定を合わせて自立生活センター・メインストリーム協会に向かいました。

最初メインストリーム協会という名前を聞いて、
なんかの宗教団体が慈善活動で建てた福祉施設かなんかかなと思っていました。

幼馴染の姉ちゃんに連れられて、メインストリームの事務所の中に入ると、
頭の中にたくさんの疑問が飛び込んできました。
まず、なんではちまきタオルやねん?
なんで右目を指でこじあけてんねん?
なんでけんだましてんねん?
なんで誰も仕事してへんねん?
腕組みしてくわえタバコでこんにちは言うし…

その時僕の頭の中では、1つの答えが浮かんできてました。
ここは、仕事がない人が集まってきている場所なんだ。
「あぁなんかこういう場所ってテレビとかで聞いたことあるわ」
「こういうとこで暇つぶして夕方帰って行くゆうとこやな」と思っていました。

しかしいろいろ話を聞いていくと、そうではないんだと理解しました。

最初の説明はかどたさんが軽くしてくれて、
自立の事や自立生活センターの事などを聞きました。
その後、同じ障害というだけで下地さんがしてくれました。

下地さんがどういう生活をしているのかという話を最初5分聞いて、その後は、
「最近スロットでめっちゃ出るやつあんねん。今度いこーや!」
「わし、ベガス好きやねん。アメリカ人めっちゃデカいし、華やかでいいいぞー。今度いこーや!」
「尼崎競艇のタコやき、タコ無いねん。けどうまいねんどー!今度いこーや!」
下地さんとは、なんでか思い出せないけど、
遊びの約束とかして、すぐに仲良くなった記憶があります。

その日の帰りに、あぁこんな変わったとこもあるんやと思って帰ろうとしてたら、
「暇やったら明日も遊びにきいや。」といわれたので、
「じゃあ明日もまた来ます。」といって帰りました。

家に帰って、なんか不思議なとこやったなあと思いながらまた行く事を少し楽しみにしていました。

次の日、事務所に行くと「3階行こか。」と言われ、
詳しくメインストリームでやっている活動や、自分の事をいろいろ話しをしました。

話の最後の方で、面白い質問がひとつありました。
「君、なんか面白いネタないんか?借金かかえてるとか。」

「僕は、去年離婚しました」
かどたさんは、「おれも離婚してん。君のがちょっと先輩やな。
なかなかええネタ持ってるなぁ。その経験、結構大事やで。」

なんでこんなこと聞くんやろ?と思いつつ話しも終わり、
1階に降りると、「もじお〜この人離婚歴あるらしいで。」
うれしそうに大声ですぐ話していました。

その後は離婚の話や、下地さんの恋愛の話で盛り上がりました。

僕はその時、
「あぁここ結構楽しいとこやな。なんかまじめそうなこともやってるし、
その反面あほな話も普通にできるし、ええとこやん。」と思いました。

その日の帰りに、かどたさんから「なんかあったら電話し〜や」と言われて、
電話番号を教えてもらいました。

僕はなぜか帰りの車の中で、
何か手伝えることってないんかな?と考えるようになっていました。
家についてからも、何かわからないけどもあそこで何か活動できたらなと思い、
かどたさんに電話しました。
「あの〜僕も何か手伝いたいんですけども」
「じゃあ明日から事務所きたら〜」
これが、スタッフになるきっかけでした。