2011AsiaTRY in Mongolia特集 
海外支援トップ
アジア&中米なう! ASIA TRY 愛すべき研修生 スタッフ修行研修
        

 
2011 asia TRY in モンゴルは、大成功に終わりました!
ご協力頂いた皆様、本当にありがとうございます。

今回のTRYは3つのグループに分かれて活動しました。
それぞれのグループの活動を報告します。
 
 

2011モンゴルTRY 
                 ウランバートルチーム報告
                                         柳瀬壮規

 僕たちのチームは、モンゴル15人、韓国3人、カンボジア2人、ネパール1人、
日本3人の24人のチームでした。
モンゴル人の当事者は2人で、脳性まひの女性と男性が1人づつでした。



 このチームは、ウランバートルで市役所・区役所・交通局などと数多くの交渉を行いました。
モンゴルの町は、それぞれの町が非常に小さくまとまっている傾向にあります。
そのため何回も同じところを歩くことがありましたが、
その分いいアピール活動ができたのではないかと思います。
TRYの後半には歩いているとTVを見たよと遠くの方から声をかけて盛り上げてくれたり、
車で僕たちの横を行き過ぎる時にクラクションを鳴らしながら、
励ましの言葉をかけてくれる人も多くなって、少しづつでもアピールができているだなぁと実感できました。

以前から、ウランバートルの道はものすごくデコボコしていて、
とても歩きにくい町であると聞いてからモンゴルに行ったのですが、
実際に歩いてみると予想以上に道は荒れていました。
アスファルトがめくれているのは当たり前で、マンホールにふたがないところもあり、
気を付けて歩かないとそのマンホールの穴に落ちてしまいそうでした。
歩道と車道の段差も当たり前にあり、
10日間で車いすのタイヤがパンクしたのが3回、キャスターが割れたのが2台、
そのほか2台がフレームが折れたりするなど、車いすへの負担が非常に大きい町でした。

このような町並みのため、交渉の主なテーマはバリアフリーについてでした。
ですが、モンゴルのメンバーは交渉の経験が浅く、
初めての交渉の時などは区役所の人に主導権を握られ、
こちらの発言する時間がほとんどなく散々な結果でした。



しかし、この失敗がメンバー全員に危機感を持たせることになり、
その日の会議から皆の目の色が変わったように思います。
皆でもう一度、交渉の時に伝えたいこと、伝え方などを話し合いました。
この時、外国人メンバーから
「私たち抜きに私たちの事を決めないでほしい」ということを伝えるといいよなど、
色々なことを提案しつつみんなで考えるようにしました。

翌日の交渉は、話し合いの効果が予想以上に大きく、
完全に主導権を握り、伝えたいことを伝え、
これからの町づくりの計画に障害当事者が参加できる確約をとることが出来ました。
このまま波に乗りうまくやっていけそうな気がしていたのですが、
この成功に安心したのか、翌日からの交渉は逆に勢いがなくなり停滞していきました。
そういった状況を打開するために外国人メンバーが色々と提案を繰り返すのですが、
このことがモンゴルの人たちにとって「外国人は指導的」というように映ってしまい、
チームの中に亀裂が生じ始めました。



私たち外国人は指導をしに来たのではなく、
仲間としてモンゴルをよくしたいから来たので仲間に入れてほしいということ、
そしてTRYという活動を通して、
みんなに何を伝えていきたいのかを会議の時に話していきました。
その話がみんなに理解してもらうことができ、この危機を乗り切ることが出来ました。
このあと僕たちはとても連帯感がでてきはじめ「一丸」になれたような気がしました。

その後の交渉は徐々によくなっていき、
最初はどこか他人事のような雰囲気を出していたモンゴルの参加当事者が、
だんだんと自分から発言していくようにもなりました。
障害当事者が私たちの事を考えてくださいと訴えていくその力強さを肌で感じ、
この力があればこれからのモンゴルは大丈夫だと思えるようになりました。

交渉をしているなかで一番印象的なことは、
最後の交渉の時にモンゴルのボランティアの大学生が発言した内容でした。
「私はこのTRYという活動に参加すると決めた時に、
周りの友達からは、なぜそんな活動に参加するのかわからないというように言われました。
その時は参加すると決めたから参加しようというように答えました。

でも、この10日間の活動に参加して思ったことがあります。
初めて障害のある人たちと接してみて、
障害者も僕たちとなにも変わらない一人の人間であるということを実感しました。
そして、そのことを考えながら町を歩いていると、
障害者が自由に外に出るためには本当に不便な町であることを実感しました。
自由に外にでるためにはまず、インフラなどが整っていかないと無理なことがわかりました。



でも、そのインフラを整えるために必要なことがあると思います。
それは、僕がこのTRYという活動をとおして障害者に対する考え方が変わったように
モンゴル全体が変わっていかなければいけないと思います。
そのために僕はこの活動が終わったあとも周りのみんなに伝えていきたいと思います。
ですから、区役所の皆さんも考え方を変えて、
障害者・健常者という枠をこえて、
みんな一丸になってこの問題に取り組んでいきましょう。
」この言葉を聞いたとき、本当にこのモンゴルTRYをやってよかったと思いました。



わずか10日間、まだまだ伝えてい事はあったけれども、
大事なことを少しでも伝えることができたのではないかと思います。

 
                  ダルハンチーム報告
                                        松島早七代

メンバーは、全部で27人。
リーダーは、ユニバーサルプログレス代表のBくん。
モンゴル(障害者8人、健常者9人)韓国(障害者1人、健常者1人)
台湾(障害者2人、健常者1人Sさん)ネパール障害者kくん、
日本は、ぱあとなあのIさん(障)夢宙のTくん(健)メインのM(健)、JICA ボランティア1人です。

6月26日TRYの開会式がスフバートル広場という有名な広場で行われました。
スポンサーの銀行の人達の挨拶で、
「この10日間の旅行を楽しんで来て」と言っていたので、
ちゃんと趣旨は伝わっているのかなと不安になりました。
「私達は、旅行に行くのではありません。」Bくんと志インターナショナル(アジアのCIL)を
代表してカンボジアSくんが訂正してくれました。



このTRYで障害者の自立のこと、バリアフリーのこと、障害者の権利のことを伝えて行く。
障害があるから、バスに乗れない、電車に乗れない、学校に行けないのはおかしい。
障害者も、健常者と同じこの社会で暮らしているってこと、
階段ではなくスロープがあれば、環境が整えば、
障害はなくなるってことを1人でも多くの人に伝えて行きたい。
そんな思いを持ったメンバーが集まったTRY。Sくんの挨拶でグッとやる気がでました。

開会式が終わり、3チームに分かれ私のダルハンチームはみんなでお昼を食べ、駅に向かいました。
駅には、トイレがありましたが、お金が1回200トゥグルク(13円くらい)かかります。



1日目ウランバートル→エルデネトまで12時間電車で移動しました。
電車と言っても日本みたいな電車ではありません。
電車に乗るまでの段差が高いので、3、4段の階段があります。
車椅子では乗れないので、障害者の人を抱えて後から車椅子を運びます。
電車の通路は幅50センチくらいで私が手荷物を持って通ると少し狭いくらいです。
電車に乗るのはとても大変でした。



障害者の人は、介助者がいたとしても電車に乗る人はいないのではないでしょうか。
電車の中は4人1部屋になっていて、下のベッドで障害者が寝て、上で健常者が寝ました。
電車の中は狭いので障害者の人はトイレにいけません。
また、トイレに行ける時間が決まっていたので健常者の私達も本当に困りました。

なんと今回の電車代は、TRYの趣旨を説明し事前に交渉していたので無料で乗せてもらいました。

主な活動内容は2日目、エルデネトの市役所、福祉労働局との話し合い、
3日目、エルデネトの町を歩きながらアピール活動。
4日目、鉱山見学。

エルデネトは、歩いたら1時間くらいで回れる小さい町です。
この町にある障害者団体の人たちと一緒に、市役所に話をしに行きました。



まず、自立生活センターの話やTRYの活動の目的を話しました。
また、モンゴルの障害者の人の話で入りたいレストランに階段があって頑張って店に入ったが、
じろじろ見られて帰れと言われた。
映画館に入っても車椅子席がない、軽度の障害者でも外に出るためには介助が必要な事など、
差別はある事、障害が悪いのではなく社会が変われば、
環境が整えば障害はなくなると言う事を伝えられた事が良かったと思います。
特に福祉労働局の人は、モンゴルの社会が変わるよう思っていて、
自立生活センターの活動に興味を示し、
これからも連絡を取りながら一緒に考えていきたいという姿勢が伝わってきました。

モンゴルの道はデコボコで、歩道はあってもジャリや段差ばかりで歩くのは大変です。
車椅子を押すのも大変ですが、車椅子に乗ってる障害者もじょくそう問題や、
車椅子がパンクするというハプニングもありました。


5日目ダルハンへ
エルデネトから車で約3時間(トイレ休憩込み)
市役所との話し合い



6日目 労働福祉局との話し合い

ダルハンは、モンゴルの第二の都市と言われています。
嬉しかったことは、市役所の入口に使いやすいスロープが付いていました。
1ヶ月前にTRYの下見に来た時は階段だけだったみたいです。
少しずつですが変わってきている事を実感しました。
他の場所にもスロープが付いていた場所はありましたが、
形だけで60℃くらいの急なスロープでスロープとは呼べないスロープでした。

市役所との話し合いは、教育のこと、障害者の仕事のことの話になりました。
日本の教育の現状や、ネパール、台湾、韓国の現状の話を伝えました。

最後は、私達が一番伝えたかった、
障害者が外に出ることでこの社会が変わっていくということを話しました。
そのために、車椅子の人でも外に出れるよう道を補正したり、
車椅子でも使いやすいトイレを作ってほしい事、
そのトイレを作る時は障害当事者の声を聞いてほしいということを伝えました。



労働福祉局では、自立生活センターの役割、介助制度のこと、
ピアカン、住宅改修のしくみ、障害者年金、障害者手帳のこと、
障害者手帳区分認定調査のことなど日本にある制度の話をしました。
Mさん(モンゴルの障害者)からの要望で、
障害があっても普通学校に行けるシステムを作ってほしい。
障害があっても学校に行くことは難しいことではないと
当事者がしっかりと意見している姿が印象的でした。

私がこのTRYで一番変わったなと思うのはモンゴルの障害者Mさんです。
彼女は始めTRYに参加することを親に反対されていました。
ユニバーサルプログレスのメンバーが親向けのTRYの説明会をしたり、
2ヶ月モンゴルの修行研修に言っていたMくんも話をしてくれ、
親は心配ながらもお姉さんもTRYに参加するという条件でOKしてくれたそうです。



今回TRYに参加しているモンゴルの障害者は、親元を離れること、
家族以外の人に介助してもらうことも初めてです。
私はTRYが始まる前に1泊でホームステイに行かせてもらい、
介助の方法を教えてもらいながら色々話をしました。
このホームステイでMさんにもお母さんにも少し安心してもらえたかなと思います。

困ったのは言葉の壁です。
Mさんは、TRY中の介助で必要な言葉「おしり」「うで」「みぎ」「ひだり」を覚えて、
指示してくれるようになり、少しずつコミュニケーションをとれるようになってきました。
モンゴル人だけでなく、どの国のメンバーにも自分から話しかけていました。



ゴールの前日にMさんのお母さんが、Mさんを迎えに来ていました。
TRYの開会式が終わった後一度家に帰っていたMさん。
今日も帰ってしまうのかと思いましたが、Mさんは「ゴールまでみんなと一緒にいる」と強く主張していました。
お母さんもビックリしていたみたいです。
Mさんは、よく笑う笑顔は本当にかわいい女の子です。
市役所での話し合いも、「私が意見したい」と自ら手をあげ発言します。
やはり当事者の力は大きかったし、
当事者が自分達でこの社会を変えて行こうとしている気持ちがすごく伝わってきました。

この人について行きたいなと思わせるものを持っているMさん。
モンゴルの社会は変わっていくなと実感できた、このTRYに参加できて本当に良かったです。
また、今回行ったエルデネト、ダルハンの障害者団体の人にも自立の考え方を伝えられたと思うので、
今後モンゴルがどんな風に変わっていくかが楽しみです。



国は違っても、同じ目標に向かって頑張っている仲間ができたことは嬉しかったです。
自立は、親の意識を変えることから始めること、Mさん、一緒に頑張っていきましょう。
私も今回のTRYで感じたことを、伝えていきたいと思います。




 
                    ノールチーム報告
                                         青木秀之

6月26日、TRY前の宿泊先である、リハビリテーションセンターからスフバートル広場に歩いていって、
そこで「モンゴルTRY」が始まりました。そこから3チームに分かれて、9日後の合流まで活動しました。

UB(ウランバートル)チーム、ダルハンチーム、ノールチームの3つに分かれたのですが、
その中のノールチームについて書きたいと思います。



チームのメンバーは、メインストリーム協会で研修したゲルレを筆頭に、
モンゴル人の障害者5人、ボランティア11人、
韓国人の障害者2人、健常者1人、シャフィック、アクマル、
ぱあとなあのユミちゃん(橋本さん)、夢宙のはやぶー(林くん)と僕の24人のメンバーでした。
比較的経度の障害者が多い中、モンゴルの障害者の中の3人がCPで、2人は全介助の障害者でした。

ノールチームは、ウランバートルから東にあるバガノールという炭鉱の小さい町と、
そのバガノールとウランバートルの間にあるナライハという町、
ウランバートルの南に位置するゾォーモという町、
最後にトヤさんのリハビリテーションセンター兼、自宅のあるタヒルケという地域をまわって、
ウランバートルに帰るというスケジュールでした。
ちなみ、バガノールとナライハは少し離れていますが、ウランバートル市の特別区になります。

主な活動は、行く先々の行政の人と会って話をしたり、
障害者団体との交流会、町にある銀行やスーパー、
病院などのバリアフリーチェックと責任者との話し合い、
それと歩きながらのアピール活動でした。



前々から、ゲルレとトヤさんが念入りに準備してくれていて、
基本的にはスケジュール通り事が進みました。
町に着くと、簡単なセレモニーを開いてもらったり、
地域の団体が主催しているイベントに参加させてもらったりしました。
なぜかモンゴルのセレモニーには必ず歌やダンスがが付き物で、
僕もやったことないのに社交ダンスをしたりもしました。
ちなみに、モンゴルの「のど自慢大会」もみました(聞きました)。

そういった活動の中で、どのようにしてこちらの活動を理解してもらうかが重要なポイントでした。
地方の障害者団体は、一緒に色々なイベントをする仲間が増えて楽しい
といった感じで歓迎してくれるのですが、
こちら側としてはそれだけでなくちゃんと自立のことや運動のことを、
TRYの活動を通じて伝えなくてはいけません。
ですので、毎回主催者側ののプログラムの中に、
こちらの活動についての話をさせてもうようにしていました。

どこと話すときにも大事なポイントを3つにしぼって話しました。
 1、当事者が主体となって、障害者の問題を考えて決めていかないといけないこと。
 2、一番サポートが必要な人を中心に考えてほしいこと
 3、障害者だけでなく、みんなの問題として考えてほしいということ
この3つをみんなでサポートしあいながら伝えました。



介助をすることがモンゴルのみんなは初めてで、
車イスをおすことや階段をあげることをあまりうまくできませんでした。
そのことを僕がうまく教える時間も取れなかったのですが、
若い学生たちは自然と障害者に意見を求めて、TRYが終わるころにはとてもうまくなっていました。
やっぱり、若さはすばらしいですね。

あと、食事やトイレ介助などの身辺介助は、なぜか初めからみんなわりと慣れていました。
特に女の子達の食事介助は手馴れていて、びっくりしました。
なんで、そんなに上手いのかとたずねると、家族の面倒をみるからだといっていました。
お年寄りや子供の面倒を家族でみることが多いので、
普段から経験がある子が多かったみたいです。どんなことにも良し悪しがあるものですね。

もちろん楽しいこともたくさんありました。
みんなで川に遊びに行って、まだ冷たくて流れの少し速い水の中に投げられたり、
大自然の中でみんなでお酒を飲んだり、ホルホックというモンゴルの伝統的な料理を食べたり、
活動に感銘を受けたカラオケ屋のおっさんとのんだり、もちろん夜の語らいもありました。
なかなか、言葉の問題もあって上手く伝えられないこともあったのですが、
久々に楽しく熱く話すことができて、この活動に関わっている楽しさを実感することもできました。



中には、面白い騒ぎもありました。
インフシというCPの女の子が、ある病院での話し合いの後、足の先が痛いと言い出しました。
この子はお母さんを何とか説得して、
初めて親元を離れて参加していた子なので、みんな心配して、病院へ行こうかと言ったり、
つめが食い込んでるのかもしれないと心配して、つめを切ろうとしたり、チーム内で騒ぎになりました。
でもなぜか、急に大丈夫と言い出しました。
みんなも心配しながらも、本人が大丈夫と言っているでそのままにしておきました。
で、その日はそのまま終わったのですが、数日後のミーティングでいきなり、
インフシが病院の対応を見るために嘘をついたということがわかりました。
みんな心配しているので言い出しにくかったみたいです。本当に、「人騒がせ」でした。

TRYを通して、重度の障害者が家族以外の介助を使って買いたいものを買ったり、
おいしいものを食べているのをみて、なんかいいなあと思いました。
自立生活の原点って、こういうことなのかと再認識しました。



その他にも伝える楽しさや、「なんでやね〜ん」という疑問に気づく新鮮さ、
そしてみんなで1つのことをする楽しさなど、
言葉が通じにくかったり文化が違う中で感じることができ、
僕の中ではこの仕事に対してのリフレッシュができたように感じました。
自分がどこに立っているのか、どこを向いているのか、何をしたいのかなど、
上手く言葉にはまだできませんが、少しわかったように思います。
もちろん、上手くいかなかったことやもう少しこうすれば良かったなどの思いはありますが、
それも含めてこれからの活動の力になるのだと思います。

モンゴルがこの活動の後、どのように変わるのかはまだ見えていません。
でもそれは、参加した僕自身がこの活動の後、
どのように変わるのか見えていないのと同じだと思っています。
たしかにそんなすぐにわからないかもしれませんが、
この「モンゴルTRY」が一人一人の人生やモンゴルという場所を、
その人自身やそこに住む人にとって、
「良い」方向への道しるべとなってくれていると僕は信じています。

僕は、2000年にTRYをしてから、11年越しにTRYに参加しました。
場所や規模そして形は変わっても、
思いが重なるのなら「TRY」は「TRY」だと思いました。
これから、まだまだ色々な場所でTRYが必要になると思います。
そして、僕自身にも「TRY」が必要かもしれない、、、、10年に1度くらいは。。。


 

TRYって?


1986年に始まったTRTYという活動は、10年間毎年、障害者が車イスで歩き、野宿をしながら、鉄道などのバリアフリーを訴えてきました。さらに2001年、2007年には韓国で、2009年には台湾にて「ASIA TRY」と題して鉄道のバリアフリーや「障害者観」を変えるために活動してきました。
そして、今年モンゴルで「ASIA TRY」が開催されます。

モンゴルでは、昨年初めてとなる自立生活センターが設立されました。
現在の日本では地域で暮らしている障害者を見かけることが多くなってきました。
一方、モンゴルでは障害者の現状は厳しく、家から出ることもできず、
閉じこもったままの生活を強いられています。
道路もガタガタ、障害者制度もなにもありません。
このような状況を少しでも打開すべく、
「ASIA TRY in モンゴル」が開催されます!
 
 モンゴルUniversal Progress自立生活センターのホームページでもTRY特集してます。
モンゴル語なんで読めないとは思いますが…写真とか見てね♪→こちらから
 
・テーマ
外に出よう「自立しよう」というテーマで障害者の存在を知ってもらい、バリアフリーを伝えていく
 
・期間  
2011年6月26日〜7月5日 10日間 
コース   
今回は3つのコースに分かれて展開!!

1.ダルハン・コース
ダルハンとはモンゴルの北部の田舎の地方です。途中立ち寄るイルデルトという街で役所と意見交換したり、イルデルトとダルハン両方の街の障害者協会と交流する予定となってます。このチームは距離があるので、電車を使って移動します。

2.ノール・コース
ノールとはウランバートルから見て南部の田舎の地方です。途中、役所・社会福祉協議会と意見交換をした後、途中トゥーケンという街に立ち寄ります。終盤はウランバートルチームと合流してゴールを目指します。このチームは距離が少し遠いので、途中バスを使って移動します。

3.ウランバートル・コース
役所・社会福祉協議会・障害者協会等と意見交換します。モンゴルの重度障害者が街に出て遊んだ事が無いことから、ボウリング大会等も企画されています。終盤はノールチームと合流してゴールを目指します。

・モンゴルトライは6月26日13時よりオープニングセレモニーが始まり各チーム15時に出発します。そして7月4日に3チームがウランバートルのゴールを目指し、その後フィナーレへと向かいます。
なお、本来TRYというイベントは「全行程歩き」ということが基本なのですが、モンゴルは街と街の間がとても離れていることと、その間に人が住んでいないためアピール活動ができません。(草原や牛や馬しかいない)その分人がいる街中ではよりアピール活動をし、鉄道を使用する。

・ダルハンコース、ノールコースどちらのチームも途中、テレビ局・ラジオ局に立ち寄り、インタビューによるアピール活動をすることになってます。

と言われても、よくわからりませんよねー…
ので、近日中に「図解付!!わかりやすい2011AsiaTRY in Momgolia講座」をこのHP上にて開催予定。

 
・Tシャツ  
 
   
   
 色は白と 紺を用意しました 
 サイズはM・Lをご用意!
一家に一枚!いかがでしょうか?
さらに今回は…
 
2011年度版Tシャツ完成しました!
ご協力ありがとうございました!!
 
障害がある人も
 
 障害がない人も
地域で当たり前に生活できるモンゴルにするために

 
モンゴルのUniversalProgressCILのメンバーと
なじんでいる日本人一人(右端のメガネ)と
 
 
 たくさんのモンゴルの参加者で
 
 
こんなバリアだらけのモンゴルを変えたる!!
それが、AsiaTRY in Mongoria 2011!!