大ちゃんのネパール修行レポート 
 
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メインストリーム協会スタッフ修行プログラム inネパール
〜「自立生活」の本当の意味を伝えられるようになるために〜
                        レポート:沖田 大


2008年2月14日から、4月13日の間、僕はネパールにいた。
僕がメインストリームで働き出した数年前には夢にも思いませんでした。
それにしても、ネパールで修行って・・・
メインストリームって、そんな、めちゃぶりも普通のことなんですよ!

まずは、ネパールのことから。
ネパールは約北海道の2倍位の面積で人口2,589万人。
多くの民族があって、ヒンドゥ教と仏教の信仰が篤く、大半が農業を営んで生計を立てている。
この国は、日本と比べると大変貧しい国で、しかもいろいろと問題がある。

まず一つに電気がない。水力発電で国のほとんどの電力を賄ってはいるが、
インドが発電施設を建てた為、50年間電力の75%をインドに売却し続けなければならないそうだ。

しかも、雨季と乾季があって、
乾季にはほとんど雨が降らず、ダムにも水が少なくなるので大量の電気を作ることが出来ない!

だから一日4時間の停電が2回もある。
もう一つは燃料の高騰と陸路のみの運搬で安定して物が入ってこない!

首都カトマンドゥは山に囲まれた街で、大型の車が通れる道が一つしかない!
その道沿いの町でバンダ(街ぐるみのストライキ)などがあると、
交通が遮断されて、家庭用のプロパンガスや車の燃料、インドから輸入している物などが入ってこない!

ちょうど僕がネパールにいた時期は、
法律を決める為の選挙が近いということで、
各地でデモやストライキなどで治安が悪化、しばしば交通が遮断されていた。

あと、障害者やカースト差別(身分差別)があったとりと、
日本ではあまり考えられないことが普通に起こっている。

政府からの障害者に対するサービスや補助などほとんど無く、
重度になればなるほど、貧乏で不自由な生活を送っている。
医療制度も無く医療的なことが必要な障害者は長く生きられないのがこちらの現状だ。

4年前、そんなネパールから一人の障害をもった青年が日本にやってきた。
名前はクリシュナ・ゴータム。
彼は日本でいろいろな研修を経て(もちろんメインストリームにも研修に来た!)
「ネパールを障害者も住みやすい所に変えてやる」と、
大きな志をもってネパールで初めての障害者自立生活センター(CIL)、
CILカトマンドゥを立ち上げた。

CILカトマンドゥのこと。
CILカトマンドゥは、大通りから細いデコボコ道を進むこと10分ほどの所にあり、
普通の雑居ビルの1F部にある。
10畳くらいのメインストリームより良く整頓されたキレイなオフィスの他に
1LDKのILルームがある。(風呂なし)
スタッフは常勤で障害者が6人、健常者は2人、パートの障害者は3人で健常者は2人
常に、政府や他団体に障害者の権利や自立を訴えかけるのが生きがいとした、
みんな個性のある濃いメンバーが揃っていた。
運営は日本のCILからの支援や、さまざまな障害者に関するプログラムを作って
その為のお金を政府から助成してもらって運営している。

さて、
このたび私がなぜネパールで生活していたかと言うと、
簡単には「修行」ということなんですが、

アジアの障害者リーダーの中で、日本で障害者のこと、特に「自立生活」を勉強し、
自分の国へ帰り、CILを立ち上げた人達(韓国・パキスタン・ネパール・台湾)と
日本のCIL(夢宙・ぱぁとなぁ・メインストリーム)の
熱い志を持った人達で去年、ネットワークを作った。

「アジア志ネットワーク」。

その最初の活動として、
ネパールのハングリー精神と自分の持ちネタを増やす為、
2ヶ月間ネパールで現地の介助を使いながら、僕は生活することになった。

僕の生活拠点は、CILカトマンドゥの事務所内にあるILルーム。
言葉は通じにくいが、2人の介助者が1日交代で24時間、ずっと近くにいてくれていた。
?近くにいてくれたというよりは、2人とも事務所の居候だったのかも。
ただ一つだけ難点があって(本当はもっとあるんだけど)、
この事務所が入っている雑居ビルは、
数家族が住んでいてセキュリティーの問題で夜8時が門限・・・。

次に克服しないといけなことが食生活なのだ!

ネパール庶民の一般的な食事は、
「ダルバート」と呼ばれる豆カレー定食。みんな、ほとんど毎日食べているのですが、
僕はネパール生活4日目で「ダルバート」に拒絶反応がでた。
それからの滞在2ヶ月間の主な栄養源は、4日に1回、入浴の為にホテルに1泊した時の朝食になった!
後は、リンゴ、インスタントラーメンだったので常にお腹が減っていた。
ここカトマンドゥにも日本食のお店もあるけれど不思議と行きたいとは思わなかった。
ただ、そんな食生活に慣れてきた僕がそこにいた。

しかも、停電の時間になるとすることがまったくなく、
夜と昼との寒暖の差が激しく(最低5度・最高20度)となるので、布団(寝袋)に包まって寝るしかない。

こちらの人達は夜早く寝て、朝早く起きるという生活習慣なので、
夜の停電はあまり関係ないし、
もともと暖房器具は高級品で普及してないし、
この気候に慣れているからあんまり厳しいとは思ってないみたいだった。

次に僕がネパールに滞在した2ヶ月間に使ったお金のお話。
2ヶ月間に使ったお金は、結局10万円も使っていない。
一番高かったのは、ヘトラという街に新しくCILが出来て、
その創立式に出るために乗った飛行機代、1万円ほど。
あとは、CILカトマンドゥの事務所のために買ったロッカー、3千円。
僕用に買ったチベット(?)の民族衣装、3千円。
それにカトマンドゥで、たまたま会った貧乏そうな日本人にいくらか貸したので、
本当にお金はかからなかった。

門限は夜8時で、
24時間介助者に手厚く見守られ、
入浴は4日に1回、
お金は使うところがない。

なんだか昔入っていた入所施設での生活みたいだった。

そんな生活をしながら僕は障害者団体のデモやCILのセミナーに参加していた。

デモは、ネパールの法律を作る人を決める為の選挙で、
障害者と身分の低いカーストの人の名前が選挙に出る人の中に無かったことで起こったそうだ。

朝、CILカトマンドゥのミーティングで、これは抗議するべきだと全員の意見が一致、
各障害者団体や関わりのある障害者宅に連絡。
その日の昼過ぎには首相官邸前に数人の障害者が集まりはじめた。

初めは数人で
「総理に会わせろ!」
「障害者にも権利を!」などのシュプレヒコール。

反応がほとんどなく、今度は官邸の外周を歩きながら声を挙げる。
時間が経つにつれて、障害者も警察官も徐々に増えてきた。
十数人の障害者を同じ数の警察官が取り囲んで一緒に歩いている状態。
官邸内に入るために数箇所ある門の中で、
大きな道に面し、一番出入りのありそうな所に陣取って休憩しつつ声を挙げる。

そのうち山の方から来たという、低いカースト集団(十数人)が現れ、
警官隊に阻まれつつ交通量の多い官邸前の道路に
「首相に会うまでは動かんぞ」と座り込んで遮断してしまった。

彼たちも私たちと同じ理由で、バスで8時間かけてここに来たみたいだ。
みるみるうちに渋滞ができて、クラクションや人の声で騒がしくなった。

私達を囲んでいた警官では間に合わず、すぐにトラックに乗って警官が十数人駆けつけた。
抵抗をしつつ座り込んでいた結果、数人が偉い人との面会を許されたようだ。

そんな事がありつつも障害者集団は着実に仲間を増やしていき、
最後はバスまで借りて障害者を集めてきた。
最終的には約50〜60名位集まって、
前に座り込んでいた人達がしたように首相官邸前の道を遮断して交通渋滞をひき起こしたり、
警官隊と押し合い・掴み合いになったりしながら、暗くなるまで抵抗を続けていた。

僕にとっても、
こんな過激なデモは初めての経験で、圧倒されながらすごいパワーを感じた。

ちなみにネパールでは毎日のように各地でデモが行われていて、
選挙の近い時期は、
特に各党派や学生などが起こす過激なデモがカトマンドゥでも頻繁に行われているようだ。

デモの危険レベルは大きく3段階あって警官の服の色で判断できる。
最初は青の迷彩(警察)なんですが、デモが過激化すると、
青と緑の混合迷彩(機動隊)、
緑迷彩(軍隊)と変わっていく。
あまりに激しくなり過ぎると、発砲もあるみたいで
僕が滞在していた期間中も何人かが亡くなっていました。

このデモは青と緑の迷彩が出てきたのですが、防弾チョッキと大きな銃を持ってました。
押し合いのどさくさに紛れ、銃にさわったのが思い出です。
メディアとか新聞記者とかも取材にきて、その日のニュースと朝の新聞に載ったみたいでした。

この日のデモは、
最後にCILカトマンドゥのメンバーが政府のまあまあ偉い人と話して、
要望書を総理に渡すと言う約束をつけて解散となった。

こういったデモを数日間続けるもあまり反応なく結局最後は、そのまま押し切られた感じで終わってしまった。

次に、僕がネパールにいた間にCILカトマンドゥの主催で開いた
ネパール各地でCILをこれから作ろうとしている障害者を対象としたセミナーがあった。
そのセミナーには、ネパール各地から集まった障害者22名、健常者10名
パキスタンのライフCILの運営に関わる障害者2名、、
日本から、メインストリーム、夢宙、ぱぁとなぁから13名、計47名以上が集まり3日間行われた。

今回、パキスタンのライフCILから、ネパールのセミナーに参加してもらったのは、
前に触れた「アジア志ネットワーク」の一環で習慣や環境等が似ている
パキスタンでのCILの運営方法などが、
ネパールのCILにとって参考になると考えたからでした。

このセミナーでネパールでは今後、6箇所のCILが誕生する予定だそうだ。
その内、すでに2箇所は出来ていて、少しづつ活動を始めているようだ。

他には、各地の自立セミナーに参加したり、
新しいCILの立ち上げ式に参加したり、
象に乗ったりと、
日本ではあまり経験できないことを週代わりで経験していった。

この修行で感じたことは、
ネパールの障害者のハングリー精神とパワーを強く感じたことと、
日本でもあまり感じないことや経験できない事を実際に参加したり見たり出来た事が、本当によかった。

あと、持ちネタもできた。

ネパールで自立の考えは、急速に広がっている。
一般の人々から「ネパールでは障害者の自立は出来ない」と言われたり、
他の障害者団体が、政府からCILカトマンドゥへ援助される資金を巡って妨害しようが、
CILカトマンドゥのメンバーは、あきらめることなく、
自らがモデルとなってセミナーなどのプログラムを行って、
確実にその考えを広げていっている。